皆既月食の夜に、啜る。
私と6歳になる息子は、スーパーで買ってきたお寿司や鍋焼きうどんを食べていた。
「おいしいねー、ママ、おいしいねー」
私は平生を装って、一生懸命、うどんを啜っていた。
息子は、私と目が合うたびに面白いことをわざと言ったりして、彼なりに気を遣う。
お寿司を食べ終えた息子は「ママおつかれ」そう言って、時間をかけてコップに注いだ麦茶を持ってきてくれて、「ごめんねえ。ぼく、火を使えなくて。冷たいお茶なんだけど」などと言う。
最近の私は家事と育児と仕事のバランスの悪さから、夫に対して氷点下20度の態度を示しながらバナナで釘を打つように見つめ、口からダイヤモンドダストを放出するように「育児してよ」的なことを訴えていた。私も余裕がないのである。夫も疲れているのである。
わかっている。
わかっている。
一週間にトータル5時間くらいしか会えない夫は、きっと仕事が忙しいゲイに違いないんだから、そんな人を怒ってはいけないのである。しぶしぶ偽装結婚してくれて、しかたなく子供を作るアノ行為を、目を瞑って耐えてくれたのである。
私は、それくらいの屈辱に耐えてくれた夫に感謝しなければならないし「家事だ、育児だ、私だって仕事がむにゃむにゃ…」などと本来言ってはいけないのである。
しかたない。
しかたない。
そう言い聞かせて息子の手を引いて、出来合いのお寿司と鍋焼きうどんが入ったスーパーの袋を提げてとぼとぼ帰宅したわけだけど、道すがら「ママ!今日、お月さまがすごいことになるんだよ!」とか「見てごらん!ほら、ママ見てごらん!今日の月、まんまるだよ」とかを言いながら輝いていたから何やらあったかい涙が出てきて、それはどばどば止まらなくなって、両手がふさがっているから目から鼻から口から体の汁がダダ漏れの真っ只中に「ママって、すぐ泣くし、すぐ怒るし、かといってすぐ笑ってるし、ほんっと、ダメだね」って言ったら、「ママは、きれいな人だよ。顔とかじゃなくて」と、言ってくれた。
私は何十年に一度の皆既月食の夜に、一生に一度の言葉のプレゼントを息子からもらって、うどんを啜りながら、その喜びを噛みしめていたのである。
なんとも複雑な気持ちで。いろいろ、あるよねって。